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母の生前整理を経験して変わったこと

狭い家にあったたくさんのモノ

数年前、父が亡くなったのをきっかけに、実家の片づけをして、母の生前整理を終わらせました。

この片づけを経験したことことで、色々なことを考えさせられました。

実家は4DKの古いマンションなので、一軒家よりもモノは少ないと思います。でも部屋の広さの割に押入れが大きかったこともあり、色々なモノが出てきました。

一番の驚きは、私が子どもの頃から倹約家でモノを大切にしているというイメージだった母が、結構、色々なモノを買い込んで溜め込んでいたことです。

片づける中で食器、洋服、記念切手、記念グッズ(オリンピックや万博などの硬貨や切手など)、キッチン用品がごっそり出てきました。

全然使っていないもの、市場価値以上に高価なモノもあり、驚きました。

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自分が知らない母の一面

「あんなに節約している人だったのに」と思いましたが、見ていくと私たち子どもが社会人になってから、さらに父が定年してから買ったものが多かったです。

それを見て思いました。末っ子の私が短大を卒業するまではずっと子育てやお金のやりくりに必死だったけれど、それが終わったら気が抜けてしまったのかなと。

母は昔から食器が好きでしたが、大量の食器はあまり趣味に一貫性がなく、その食器を使うことを楽しんでいたというよりは、買う行為自体が楽しかったんじゃないかなと感じたのです。

ずっと節約していたからようやくお金が使えるようになって、たがが外れたという感じだったのかもしれません。また、父が定年して家にずっといるようになって、好き勝手に出かけられなくなったので、買い物でストレス解消していたのかなとも思いました。どれもあくまでも想像ですが…。

なんとなく、自分の知らない母の一面を見たような気がして、結構、衝撃でした。

モノを残される側の気持ち

食器は姉妹で分けたりもしたのですが、ほとんどはリサイクルショップ、メルカリなどで売りました。

お金がもったいないと感じたのはもちろんですが、何よりも思い入れの強くないモノを残される大変さを痛感しました。ゴミとして処分するにも、中古品として売るにもものすごく手間がかかるのです。

よく「いいものを買っておけば、子どもに残せる」と言う人がいますが、金や宝石でもない限り、趣味が違えば不要な存在となり、どんなに高価なものでもその価値以上にはならないです。

また「自分が死んだら捨てていいから」というセリフもよく聞きますが、マンションの片づけでさえ大変だったのですから、一軒家を空にするような片づけは本当に重労働だと思います。

実際は価値のあるものでも、残された子どもがその価値に気づかなければ捨てられてしまう可能性大です。

この経験から、自分は子どもにモノを残さないようにしたい、残すのは住んでいる家だけにしたいと思うようになりました。

一昨年から昨年にかけて自分のモノも片づけたので、今はまだ捨てる気にならないけれど、残されたら困るだろうと思うもの(手紙、資格の証書など)は、1つの箱にまとめて「私が死んだら見ないで破棄してください」と書いておくようにしました。

自分のモノとのつき合い方も変化

自分のモノの買い方、モノとのつき合い方も変わりました。

今まで以上に

  • お得でも、必要な分よりも多く買わない。ストックを増やさず、足りなくなってきたらやっと買う。
  • 「あればいいな」レベルの時はまだ買わず、「本当に必要だ」と感じた時に買う。
  • 読み返さない本、着ていない服は、古くなる前に早めに手放す。
  • 本当に欲しいモノは妥協せず選んで買う。
  • 子どもにはモノよりも、旅行などの「想い出」を残すことを大切にする。

を意識しています。

特に父の死を経験したり、高齢になっていく母の姿を見たりする中で、私が子どもに残せるもの、残したいものは、家族いっしょに笑顔で過ごす時間だということに気づけたのは、1番大きかったです。

古い切手
実家からは切手もたくさん出てきました。
ゆうパックやレターパックは切手で支払えるので、宅急便は使わず、郵便局を利用しています。